日々是憂日

日々是好日ー人生は好い日ばかりがつづいているかな?をちょっと逆転してみると見えてくる日々のことを綴る

吉田寮

京都大学からはなぜ

このようにノーベル賞受賞者が多いのでしょう。

東大より・・・

と言って

べつに吉田寮と関係がある

わけではないけれど

どこかでつながっているような・・・

吉田寮に入れるってことは

つまり

旧制高校にあったような

意気軒昂たる誇りと自由の気分に溢れる

メッカであったわけで・・・

自由ーーこれが京大のシンボルワードです

いえ

「でした」 (過去形)・・・

今ではかつての輝かしい自由のスピリットは

なくなったとか。

最後の砦が「吉田寮」か・・・

若者自体がそのようにさせたのか

文科省という不要な機関がそうさせたのか

わかりませんが

吉田寮が消えるということは

京都にあった「自由なるもの」が

失せてゆく

ように思われて寂しい。