日々是憂日

日々是好日ー人生は好い日ばかりがつづいているかな?をちょっと逆転してみると見えてくる日々のことを綴る

2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧

わかってるのかなあ

老婆は 不思議に思うのです あの大勢の デモの人たちは 安保法制が ほんとに 戦争を引き起こすとか 徴兵制になるとか ほんとに「知ってるのかな」と。 老婆はイマイチ よくわからないのですが 高齢と無知のせいでしよう すると 若い人たちや 子連れのお母さ…

「ヒロシマの思い」?

ひとつのキャンペーンが・・・ NHKが。 「ヒロシマの思いを世界に」。 「ヒロシマの思い」って どんな思いなんですか。 「ヘイワ」じゃないか、 当たり前だろ と 叱られそうです。 老婆の身内に 「ヒロシマのヒバクシャ」が おりますが 彼の「思い」は・・・…

出会い

出会いというと 男女のことと すぐ思ってしまうよう ですが そうではなくて 例えば 先生と生徒の 出会いは 先生が生徒を 特別に認めてであってしまう 場合もあるけれど 多くは 生徒が先生を 認めてこその 出会いだと思うのです、 だから先生はもっと 謙虚で…

ある心中

知り合いの ご夫婦の話・・・ 奥さんはたくさんの お話を書いている けれど 日の目を見ない 原稿用紙が 山積み。 夫君は 教授で やはりこつこつと 書きためた原稿が 山積み。 そして今 奧さんは 夫を亡くして 一人暮らし。 そろそろ自分も 夫のそばへ 行く年…

老婆の子育て憲法

人生も 終わりつつある 老婆の 遺言と思って。 子育てに 三つの憲法を 日本の親御さんたちに 遺したいのです。 1ーー自然にじかに触れること。 芋掘りに手袋なんぞ しては駄目ですよ。 土、水、火、風、 偉大な自然に そのまま触れること。 火にじかに触れた…

ナチスと日本

老婆は 思うのです、 日本に ナチスはいたかと。 軍国主義が はびこり 言論の自由はなかった 暗い時代には 違いなかったし 国民は飢え 財閥は栄華を誇り でも ナチスはいたか と 老婆は思うのです。 ヒットラーはいたか、 アウシュビッツは あったか。 日本…

老婆は疑う

毎日のように 安倍政権打倒 と 声高に 叫ぶ 学生や 「文化人」や マスコミ の姿は 老婆には 60年安保 70年安保 のとき 時流に乗って 騒いでいた 姿と そっくりに 見えるのです。 彼らは 本当に 日本の危機を 理解しているとは 老婆には 思えないのでした。 …

言霊の国

日本は 言霊 ことだま の 国。 「平和!」「戦争反対!」「安保反対!」 なんでもこうやって 言葉にして 叫んでれば 実現すると 信じてしまう・・・ それが 言霊 「神風」「神国日本」「鬼畜米英」 と叫んだ 時代も 子供だった老婆は 信じて いや 信じこまされ…

やっぱりおかしい

原爆の日 が 近づいて くると しばしば映る 原爆の碑に 彫られた あの言葉ーー 「誤ちは繰り返しませぬ」 「あやまち」って だれが? 原爆落としたことが 「あやまち」 なんでしょう? いや違うと ヒロシマの人は 言うのですか? 戦争を起こしたことが あやまち…

愛する雑草

自然農法が 尊ばれて 日本中が 自然農法になったら TPPも怖くない という 素敵な番組を 見た老婆 びっくりしたのは 「雑草が生えました」と とても喜んで いる人たちのこと。 ああびっくりした、 老婆が目の敵に している 畑の雑草が 喜ばれているなんて。 …

小さな覚悟

梅雨が あけました。 ミンミン蝉も 鳴き始めました、 いつもなら さっさと 涼しいところに住む 息子のところへ 逃げる 老婆の私 今年は もう 覚悟を決めました、 逃げるのは やめて ーーま、息子が 悲しまない程度に 少しだけ行くけれどーー ーー悲しむかど…

ちょっぴりうれしい

ちょっぴりうれしい ニュースを 見ました。 それはなんと あの 石破氏が出ている 番組で 「日本から電柱を取り去る」 という話。 ああ、 やっと。 やっとですね。 ヨーロッパの どんな田舎に行っても 電柱がないのを 老婆は羨ましく 思っていました、 明治の…

ある夢想

老婆が昔 過ごしたある内海の ほとりの話です。 学校帰り 道端からすぐ 渚におりて ちゃぷちゃぷと 波を踏みながら 歩いた思い出 自然は 子どもの心に やさしく 語りかけていたものでした。 ところが今は すべて湾沿いに コンクリートで 固められていて 子ど…

京都ばなし(その5)

はるかかなたの 大昔 老婆がまだ 若かったころ 京都はやっぱり 夏は暑く 冬は底冷え でありました。 そして夏 老婆のなかでは 32度という 数字がくっきりと 記憶されておりまする。 「ああっ、32度なんて!!」 というわけです。 ところが今は 32度はあたりま…

あるひきこもり

老婆の知り合いで 20代から46歳の今日まで ひきこもっている 男がいます。 彼の父親は 大学の教師で 息子が土地の 進学校に 入れず 専門学校に 行っているとき 「授業料はドブに捨てるようなもんだ」 と言うのを 息子は聞いてしまった のです。 息子は 自分…

「感じ悪い」

老婆も ご多分に漏れず 今はどうしようもなく つまらない テレビを それでも 見たりするのです。 そして昨日 国会の中継を見ていて びっくりしたことが・・・ 野党の議員たちが いっせいに テレビカメラに向けて 安倍総理の 「強行」採決 ーー強行という言葉…

子供のころ

老婆が子どものころ 新聞紙上は 軍国主義謳歌で 満ち溢れていました。 メディアは 日本が勝ったような ことばかり そして8月15日以後 突然 新聞は 「民主主義」を 讃え始めました から 子どもだった老婆は 未だに メディアへの 救い難い 不信感でいっぱいで…

姑さんびっくり(その2)

姑Bさんが語ってくれた こんなエピソード あるとき 孫たちをあずかって 下着の洗濯もして さて おヨメさんが 迎えに来ました。 「下着洗っといたよ」 というと おヨメさんから出た そのときの返事は 「大丈夫です、⚪️⚪️で洗いなおしますから」 えっ? ⚪️⚪️っ…

姑さんびっくり(その1)

姑Aさんの経験です、 久しぶりに 訪ねていった息子の家で そのときはお嫁さんと二人だけ 息子は留守だったとのこと。 お嫁さんが お昼ごはんに はい、食べますかと ぽんと 食パン一切れ 焼かず 何もつけず 飲み物はなしで 出された とのこと。 テーブルの上…

テレビから見たら

テレビを通して見たら 見えにくかったものが よく見える ことがあります、 たとえば 何かのテープカットの場面 議会の風景 何かの会議の模様 それらすべてに 登場するのは 男性たち で この風景からは 日本が 異様な 男性社会であると わかります、 逆に 外…

いやなんです

高村光太郎の詩集「智恵子抄」に いやなんです、 という 言葉がありました、 それを今拝借して 言いたいのです 「いやなんです、 その言葉たち」・・・ なぜって聞かれても ただ いやなんです、 その言葉たち 一ぉつ「自分探し」 二ぁつ「言葉かけ」 三ぃつ…

ある地方選挙

町内の役員がきて この人を 今度の県会議員に 投票してほしいと 用紙をもって やってきました、 日頃お世話にも なっているし その党を支持していたので はいはいと 名前を書きましたが・・・ 立候補者が 挨拶に来たとき 「地元のためにがんばります」 と言…

教室の亡霊

内田康夫「教室の亡霊」を 読んで 思い出しましたぞ、 この町に引っ越して すぐ 「保母さん一人あたり400万」 って聞いたとき なんのことかと思ったら 町の人が当たり前みたいに しゃべっている 賄賂のことでした。 また昔 大阪のある女教師が 日教組で 活躍…

映画は語る

イタリア映画は なにかしら 「家族」が 描かれます。 昔見た「靴みがき」とか イタリアンレアリズム と言われた いくつものイタリア映画など。 「ゴッドファーザー」は イタリア映画ではないけれど しっかり 「イタリアの家族」を 描いてました。 フランス映…

愛犬家

犬猫のみならず 動物が 人間を 癒す ということは 十分に 存じておりまする。 とはいえ 老婆の知る ある愛犬家は 普段は無口で 知的な人間 なのに 飼っている 犬の話になると ころっと 人格変わり とうとうと 愛する犬の さまざまを 語って語りやまず 聞き手…

遺すということ

人生の階段が そろそろ 底を見せてきた頃 になったので 老婆はいろいろ 身辺整理を しなくては なりません。 「棄てる」でしょうか 「捨てる」でしょうか いずれにせよ 身辺のものを 整理するとき どうしても 「取っておきたいもの」 「捨てるにしのびないも…

老婆の学制改革(?)

人生の 最終段階に 入って 学校もそれなりに 経てきた 老婆が思うに 中高一貫教育というけれど 老婆は 小中一貫教育が いいと 思うのですよ。 なぜって 例えば算数が 好きでよくできる 子供には 四年生あたりから Xのある数式を 教えても いいんじゃないかな…

えいっ!

気の弱い 姑の 方々に お勧めする この方法 私 このよぼよぼ老婆も 実践して おりますよ あれこれの 不愉快な 思い 気の強い おヨメさんとの あれこれ を 一気に 吹き飛ばす 掛け声 「えいっ!」 とばかり 自分で 大声で 叫ぶのです そして 一瞬にして それら…

アジア人の謎

老婆が 経験した限りの アジア人の 姿は 一つの大きな 特徴が・・・ それは Chinaの人たちは 出会ったかぎりの だれもが 自信とプライドに 溢れ 自己主張が激しく 他人(ひと)の話は ほとんど 聞こうとせず もっぱら 自慢と演説めいた 話に 終始していました…

宿題は?

あるお母さんの 姿を 見つめていて かつては自分も そうだったのかなと 反省はしてみるけれど ああまで 「宿題は?」 「宿題は?」 「宿題は?」 と 毎日毎日 連呼する 姿は あまりにも 悲しいですね。 子どもが こんな言葉を 毎日浴びて 育っていくなんて・・…