日々是憂日

日々是好日ー人生は好い日ばかりがつづいているかな?をちょっと逆転してみると見えてくる日々のことを綴る

濹東綺譚探索

永井荷風ーー

文壇のアウトサイダー

その小説「濹東綺譚」の

舞台に行ってきました。

ある小説を読んで

その舞台になった場所に

ともかく行ってみたいと

思わせるものには

なかなか出会えないのですが

「濹東」は是非とも

というわけで

作家同様

まるでさすらうように

行きました

もちろん

戦災にもあってますし

あの法律も昭和33年にできたのですから

面影はほとんどないのですが

それでも

「人」がいました!

文庫本を持って

交番の若いおまわりさんに

尋ねていると

おじさんが寄ってきて

おまわりさんを指して

「この人は何も知らんよ

ついておいで」とーー

それから

その人が

途中であった友達のおじさんと二人で

こまかく教えてくれてーー

あの蚊が湧く溝なんてとっくにないけれど

「人」がいて

熱く語ってくれたことが

最大の収穫だったと思いました。

 

地球市民

所属する自治体の回覧板

ーーやれやれーー

を覗いてみると

地球市民ステージ云々」ってあるのでした。

なんのことですかね

地球市民って。

どこの国にそんな市民がいるのですか。

みんな

どこかの「国家」に所属した

どこかの市の市民です。

難民は別として。

ええ、

だから

難民は一種の地球市民とも言えるかも。

地球市民」という言葉に酔ってる人

案外いるのですよね。

「言葉」に酔っている。

実態はなくてただの

信仰みたいなもので

そんな言葉によっかかって

生きていられる人は

なんてノーテンキ、いや

なーんて幸せなんでしょう。

日本という国家の

周辺で何が起こっているか

まったく関心がないのでしょうね

堀辰雄のサナトリゥム

堀辰雄風立ちぬ」を読書会で・・・

やっぱり

元教師のご老女は

軽井沢だの

外人の別荘だのが

気に入らないのですね・・・

困った。

こういう視点で読まれちゃうと

後が続きません。

それはともかくとして

恋人が入ったサナトリゥム

むかーし読んだ時

なんとなく

風の吹く高原にぽつんと建つ

印象でしたが

実際は違うのでした。

県道みたいな通りに面していて

今は自動車が走り

近くに大きな商店も。

院内にサナトリュゥム時代の記念室があって

ここに入院した文士などの

当時のままの「入院名簿」も。

竹久夢二岸田衿子などの名も。

ーーにしても

読書会の司会は難しい・・・

 

 

 

しごく当然の学長発言

今朝のネットニュースを見ていて

驚きましたねぇ。

何って

山梨大学の学長が

韓国が

「異様な反日政策」を取っていると

発言した

ーー平凡な庶民の私から見たら当然ーー

なのに

反論を唱えた日本人がいるって?

どこがおかしいの?

よくみたら「香山リカ」さんでした。

学長ともあろうものが

というらしいのですが

学長ならなんと発言すればいいの?

こんな当然のことにも

反発する日本人が

まだいるのだから

 10日でアメリカの素人が作った憲法

改正はまだ

道遠し・・・

だなぁと思ったのでした。

 

西宮の街

西宮の街に

降り立った瞬間

なんて明るい街なんだって

いつも思うのです。

ていうか

明るいと言うより

明るすぎるので

つまりは

「陰影のない街」って

感じてしまうのでした。

ところが

かの谷崎潤一郎

「陰影礼賛」の中で

陰影のある街の一つとして

西宮を挙げているので

びっくり。

戦前はそうだったのかなあ。

でも

あのあたりの地面は

もともと

なんとかって

とても「明るい」のではなかった ?

まあ、どうでもいい話でしたが・・・・

ならば東京はどうか。

思うに東京こそは

陰影の街ですね。

うそ、と思う方は一度

あの賑やかで華麗な大通りから

一歩

路地に踏み込んでごらんなさいませ

よっくわかりますとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界線

隣の家との境界線で

トラブルになったとか

なりかけたとか

経験のある方も

多いのではないでしょうか。

わずか10センチでも

隣から

侵食されたら

気持ちいいものではありませんよね。

そんな目に遭っていながら

日本がとてつもなく

侵食されて

境界線が

10センチどころか

何キロに及んでも

いえ

それどころか

島一つ侵食されても

平然としている

日本人が多勢いるのは

なぜでしょう。

「自分ち」じゃないから

と思って無関心なんですねーー

自分ちではないって・・・

自分ちが守られてるのは

日本という国が

自分ちを「今は」

守っているからだと

考えたらどうなのでしょう。

 

 

 

 

梶井基次郎の崖

大昔

梶井基次郎の「崖の上の感情」を読んだとき

崖という言葉によって

まさか

東京とは思わなかった10代の頃。

それが半世紀以上もたって

読書会で司会するとて

もう一度

きちんと読み直して

これが麻生・白金の

高級な地帯のことだと

認識しまして・・・

探検にいきました。

ありました。

植木坂。

様変わりはしているとはいうものの

梶井の下宿は

崖に直面していた「崖下」で

そのままの雰囲気の住宅が

ちゃんと残っていました!

飯倉通り、ロシア大使館も近い。

崖から下へ降りる草の生えた幅一メートル

あるかないかの

細い道を下りながら

かつての「梶井基次郎の下宿」の空気を

十分に味わってきました。

こんなことができるのも

読書会のおかげなんですね。

「読書会なんて・・・」

「読書は一人でするものでしょ」

突っ張っていましたが

なかなかどうしてーー

 

 

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ある教師は梶井をこう読んだ

ある日の読書会のことでした。

梶井基次郎の短編です。

元小学校教師のご老女の発言を

復元いたしますと・・・

「この作者は

ずっと親に頼って

自分では何も稼がないのに

銀座のライオンに行ったり

贅沢してる。」

はあ・・・・

文学作品を

このように読み解く?

って初めてのことで

司会者は戸惑うこと

この上なし。

困った。

梶井の「檸檬」では

「菓子屋で菓子を食べて

檸檬を買って丸善に置いてきた

それがどうした?」

ときたのですね・・・

司会者はまた

困った・・・

いやあ、

読書会は面白い。

 

 

 

 

 

 

韓国の照射 ーー理不尽なーー

おとなしい知り合いの男を

ぶんなぐったのでした。

そしてーー

ぶんなぐられた相手に

謝罪を要求してきました。

おとなしい男は

すいませんでした

悪うございました

黙って

相手の言うなりのお金を渡しました。

これを見ていた見物人のなかには

理不尽な、と

腹をたてる人もいました。

そりゃ、どう見ても

理不尽です。

がーー

世の中にはいろんな人がいるもので

これでいいんだ、と

言う人もいるのでした。

日本が殴られても

殴られても

黙ってお金を出し続けたので

とうとう一部の人は

「いい加減にしろ」と

言いだしましたが

なかには

「これでいいのだ」

「もっと謝罪しろ」と

「日本人」おっしゃってます。

新年早々

奇妙な話題でした・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ

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新年を迎えておめでとうございます、とまずはご挨拶をするはてなブログ新人のホフヌング」でございます。しかしーー「日々是好日」と毎日を幸せに暮らせれば、これ以上の望みはないのですが、そうはいかない。新年早々、日本を取り巻く国々の傍若無人な侵略、暴言、暴挙の数々を見れば、日々是憂き世でございます。という情勢にもかかわらず、今でも「日本が悪い、安倍が悪い、日本が謝れ」とか、「九条があるから大丈夫」とか、「日本人」の「インテリ・大学教授・ジャーナリズム・教師」たちが言い続けているのをみると、あんたたち、ほんとにほんとにそう信じてるの?頭んなかどうなってるのと、頭を割って覗きたくなります。あ、ちょっと過激すぎました・・・

というわけで、あれこれ、日々ができるだけ楽しくありますようにと祈りつつ、筆を起こしまする・・・・

 

中年男の幼児性

びっくりですよーー

年末、ある家に招かれまして

その家の「中年男」の友人という

男性も来ていて

老婆の私とその友人とで

話が盛り上がったのですね。

他愛もない話ですよ。

翌日ーー

その招いてくれた男の奥さんが

ふらっとやってきて

言うことにぶったまげたーー

のでした。

昨夜、私と彼の友人で話が盛り上がってて

主人の彼はなんと

嫉妬というか

腹が立ったというか

さびしかったというか

置き去りにされた感が濃厚で

あとで妻にさんざ文句たらたら

だったって・・・

驚きましたねぇ。

私なら自分が招待した人同士が

盛んに話に興じてくれたら

ホストとして大満足ですが。

中年男のこの幼児性はなんだ ?

つくづく

彼の生い立ちにまで考えが及びました。

彼ときたら常に上から目線で

こちらの意見、感想には

必ずまずもって否定から入るのです。

何から何まで否定することで

自分が優位に立つ感があるのでしょうね。

サラリーマンの経験はなく

組織の中で揉まれた経験がなく

両親の愛情はゼロに近く

そんな生い立ちまで思考いたしましたよ。

一見、えらそうに見える男の

この幼児性を知ったとき

ほんとに驚きました

と同時に

ちょっとしたこの発見をひそかに

面白がっている老婆でございます。

 

 

 

 

 

自分の国を捨てる

アメリカへアメリカへ

難民が漂流している映像をみて

老婆は思いました

自分の国を捨てるって

どういうことなんだろうって。

たとえばこの私が

日本を捨てて

よその国へと漂流していくと考えると

それは

「考えようにも考えられない」

ことなのでした。

自分の国は

「自分の」国だし

それを捨てるというのは

自分のアイデンティティーを捨てる

ってことのように思われて。

国民に捨てられるような国は

それなりの国でしかないのかな。

やはり

アメリカは

目指す国

大河のような国

なのでありましょうか。

ところで

あの難民(とされる)大移動の人たちは

どこへ行っちゃったの?

「よめ」という言葉には・・・

日本は専業主婦願望が

世界の中でも

高い水準にあるらしいのですね。

へえー、そうなのか・・・

先日、親戚の夫婦(60歳より少し上)が

やってきました。

夫の母親は認知で施設に

父親は95歳で一人暮らし。

近くにいるこの夫婦のうち

夫は傍観者で

妻が義父、義母の世話をしているのです。

そして

こから先なのですが

夫は「それが当たり前である」

と思っていて

妻も「ま、これが掟というものだ」と

達観していて

側からみている私は

?を100こくらいつけたいのです・・・

世間の掟

習慣

田舎の風聞

そんなものに夫も妻も乗っかってて

だから妻が夫に

「あんたの親でしょうが!」と

怒る場面もなく

今日までブツブツ小さな文句はありつつ

来ています。

そして「義母さんは元気なの?」と

尋ねると

妻が「元気よ・・・」と言って

顔をしかめるのでした。

しかし

こんなふうに「世間の掟」みたいなものに

捉われない女性たちが

今は

「夫は自分の親の面倒を妻に押し付けて当然」

とは思わなくなってます。

トラブル、妻のストレスはたまる一方です

がーー

それでもあなたたちは

「専業主婦」になりたいのですねーー

義父、義母が95歳か100歳までも

生きて認知になって

夫が知らぬ顔して

妻にすべてを押し付けても

大丈夫ですか?

え?施設にいれるから大丈夫って?

そうは問屋がおろしません、

施設に入るのに

どれだけ待って

どれだけ費用がかかるか

知らないのでしょう?

めでたく結婚して

めでたく専業主婦になったら

義父・義母の重荷があなたに

どっと降りかかる

その覚悟はあるの?

 

 

打ちでの小槌

うちでのこづちーー

願い事をして振ったら

いくらでも金銀小判がざっくざく

という

そんなものがあったらなあ、と

子供の時代に夢想したものでした・・・

しかし

この日本が C国にとって

「打ちでの小槌」だったのですね、

いい思いしましたね。

こちらが「かつての工員個人に」払う

という慰謝料を

「いや、政府にちょーだい」といって

工員に渡すどころか

これで近代化を遂げたし

インフラも整備されて

めでたく近代国家の仲間入り。

それがすんだら次は

慰⚪️婦、徴⚪️工、ときた。

なんでもごねさえすれば

黄金が降ってくる

便利な「打ちでの小槌」役を

やってきたのが

歴代の首相たち。

75年たってやっと

「これはいやだ」と

なんとなく言える首相になりました、

と思ったら

増税、移民とたて続けに

私など貧しき庶民の心配を煽る

ことになって・・・

日本はどこへ向かっていくのかと。

そんななかで

周囲ーーつまり官僚だの外務省だのかな、

防衛省も反対だった?ーー

の反対を押し切って

あの映像を世界に公開したのは

よその国ではあったりまえのことでしょうが

日本では「やっと・・・」の思いで

老婆はやれやれと少し、

ホッとしたのでございます。

それにしても

どっちみち日本はもう

打ちでの小槌ではありませんしね。

なんど振っても何も出てはこないのだから

あなたもいい加減にしたらいかが。

ちょっと不思議

かつて日本の企業が

世界を席巻していた時代がありましたね。

そして今、日本の企業規模は

世界ランクから大きく落ちています。

 10位以内に入っていないのは当然

ずっと下のランクに一社のみ。

韓国、中国のしたです。

ところでーー

ヨーロッパの国々は

こんなランクの埒外にあって

でもなんだか

のんびり暮らしているように見えてしまう

のは何故でしょう。

日本だって

世界ランクからどっかーんと落ちても

人々が日々を幸福感持って暮らせれば

それでいいじゃん、

と思うのは間違ってますかねぇ・・・

やっぱ

かつてのような世界第2位とか

そんな居場所が必要なのでしょうか・・・

老婆にはわからないけれど

ともあれ

「日本人」がのんびりと暮らせたらなあ

願うのだけれど

どこかで

「無理じゃん?」という声が・・・

なぜ?

だってーー

日本人だから・・・