日々是憂日

日々是好日ー人生は好い日ばかりがつづいているかな?をちょっと逆転してみると見えてくる日々のことを綴る

「かっこいい」の基準・・・

すらりと足が長くて

鼻が高くすっきりとした鼻筋

眼はぱっちりと深く澄んでて

背は高く

波打つ金髪

これが

「かっこいい」でなくてなんでしょう。

そして

背が低く色黒で

鼻はぺちゃんこで

眼は細く開いているのかどうかさえわからない

といった若い女性を見て

「かっこいい」とみんなが言うか?

ひとは見かけではありません

「心根」というものが肝心なんですよ

はい、のとおり。

いくら「かっこいい」若者だって

裏を返せば「殺人犯」だったりしかねませんからね。

ここではそういう話ではなくてー

見た目の話なのでございます。

いったいいつどうして

あの「見かけ」の「かっこいい」の

基準は生まれたのでしょうか・・・

鼻筋がすっきり通っていることを

いつなぜ「かっこいい」と

思ってしまうのでしょう・・・

江戸時代にはなかったはずの

この「基準」は謎でございます・・・